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2004/06/28

慣習

知り合いにすれ違ったら挨拶するのって、自閉やある種の精神疾患を抱えているヒトビトにはとっても困難な習慣だったりする。挨拶するのが当然視される雰囲気がとっても強くて、幼稚園・保育園で強要され続けたあげく引っ込み思案になって、小学校低学年くらいまで「手のかからない子ども」と評価され、身体が大きくなってきてからパニックを起こし始めて「手がつけられない問題児」に変貌したりする。

それでも、挨拶できなければ世の中渡っていけないし、それはきっと障害理解とかそういうレベルの問題ではないような気がする。困難を抱えているヒトが絶対少数だからという理由ではなく、それよりも挨拶するという慣習が一般的に定着しているから。

都会の死角 エスカレーターの右空け
十数年前英国に行った際、エスカレータで片側に寄ってるのを見て驚いたのをよく覚えている。少なくとも当時、私の周囲にそのような慣習はなかった。欧米のマナーを真似したのだろうか。個人的には身体も自由がきくし、時間に追われていることも多いので、すり抜け絶対賛成派。

バリアフリーではなくユニバーサルデザイン、差別ではなく区別・共存。かつて左利きのヒトは使えるハサミすらなく苦労していたと聞く。非常停止したら危険かもしれないが、いざ事故が起きたらエレベータの管理側の責任。当然、メーカーもその責を問われるはず。右側を歩いても安全な製品の開発を求める。

右側に立っていて、「『空けろ』と怒鳴られた」というお年寄りもかわいそうだが、挨拶を強要され続け、訳のわからないルールを詰め込まれ、パニックを起こしている子どもはもっとかわいそうでならない。

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