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2004/12/25

亀貝センセイ、ちょっと…

いや、いじめ対策ってセンセイがおっしゃるほど単純なモノではないだろ。
センセイの立場からみたいじめと、いじめられてる当事者からみたいじめって、全然様相が違うのだ。

いじめられる三人の子

親の努力と空手で解決したら本当に苦労しない。
いじめられて登校しなくなったら、一生いじめを背負っていくことになるんだが。

「あいつ、いじめられて学校に来られなくなったんだぜ!」

教育者がこの程度の認識しかないから、いじめがなくならないのだ。
根本はいじめている子どもの家庭にあり、その解決をいじめている子どもの親を巻き込んでやっていかないと意味がない。教育者がいじめている子どもの家庭にどれだけ入れるか、いじめている子どもの親をどれだけ指導できるかがポイント。

いじめの問題は、家庭・地域の養育機能の低下がもたらしているのだ。恐ろしいジイサンバアサンが闊歩していた頃には、こどもは絶対にいじめなんてできなかった。誰かをいじめようものなら、よその子どもだろうが何だろうが容赦なく叱責された。そして必ず親の耳に入り、晩飯を抜かれた。この過程は実は親にとって必要なもので、ヒトをどのように育んでいくかという方向性を、ジイサンバアサンが示唆してくれていたのだ。

戦後団塊の世代が自分たちで勝手に所帯を持ち始め、いわゆる核家族がそこら中にはびこるようになった。ジイサンバアサンから子育て指南をうけられず、子どもをあたかも自分の所有物化のように育て「お受験」させた。もしくは、子育て能力の足りない親が増えてきて「虐待」「いじめ」「凶悪犯罪の低年齢化」となって社会問題となってきた。核家族化は、子育てに責任をもたない・もてない親を作り上げてきてしまったのだ。

口うるさいジイサンバアサンの役割は嫌われ役だし、あまりやりたくはない。しかしそれを誰かが担っていかなければいけないのは事実。教育者も学校を出て、子どもたちの親をも教育していかなければいけない立場に変わりつつあるのではないだろうか。

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