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2006/06/17

ゼロ・トレランス(教師に対する)

今日の新聞に出ていたので、ちょっと調べてみた。ひどい話だ。腐ってる。

"「ゼロトレランス」とは、もともと、「不良品を許容しない」という産業界の考えだったが、「子供を不良品にしてはいけない」という意味で、その考えが応用された"

子どもは、決して品質管理される「モノ」でない。成長する可能性を秘めている、かけがえのない育まれるべき存在である。「不良品は排除されるべきモノ」という産業とは決定的に違っている。そして、ひとりひとりの育ち方、生き方がある。ここで「不良品」呼ばわりされる生徒をいかに育んでいくか、それがまさに教師の専門性であり真骨頂ではないか。その成長の過程がまさに教育でありである。選別するのが教育ではない。障害児教育におけるインクルージョンとかインテグレーションとか、その周辺はむしろ教育の概念だったはずだ。

「不良品」な子どもたちとの関わりの中で、学校が彼らを不良品として選別し、排除しようと躍起になる姿を目の当たりにしてきた。育まれるべき生徒が、育むべき教師たちから見捨てられる。それが教育だというのなら、今のこの国の教育は腐敗している。

本当に必要なのは生徒に対するゼロトレランスではなく、教師に対するゼロトレランスだ。
教師の知識や経験、(言いたくはないが)モラルや社会性、教育に対する情熱であるとか、そういったことに「寛容なく」教師を育んでいかなければ、本当の教育は学校に根付かない。
ゼロトレランスとは、「規則と、その規則を破ったときの罰則を定め、例外なく遵守する」ことだそうだ。教師の質に一定の規則を定め、例外なく遵守したらどうなるだろう?

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6月17日朝日新聞朝刊「私の視点」の欄に『「寛容度ゼロ」の生徒指導』という題名でゼロトレランス(寛容度ゼロ指導)について明石要一氏、加藤十八氏、義家弘介氏が論考を寄せています。賛否両論あるでしょう。私はこの記事を読んで「寛容」っていったいなんなのだろうと疑問がわいてきました。 おりしも今日は、突然いろんなできごとがあり、まさに「寛容さ」とは誰の何に対してどのように示されるものをいうのか?寛容であ�... [続きを読む]

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